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  黒羽の雲巌寺   写真撮影:石戸勝夫    ≪ 写真館に戻る




























 
当国雲岩寺の奥に仏頂和尚山居の跡あり。

 「竪穴の五尺にたらぬ草の庵(いほ) むすぶもくやし雨なかりせば

と松の炭して岩に書付け侍り」と、いつぞや聞え給ふ。その跡見んと雲岩寺に杖を曳けば、人々進んでともにいざなひ、若き人おほく道のほどうち騒ぎて、おぼえずかの麓に到る。山は奥あるけしきにて、谷道遥かに松杉黒く苔しだたりりて、卯月の天今なほ寒し。十景尽くる所、橋を渡つて山門に入る、さて、かの跡はいづくのほどにやと、後の山によぢのぼれば、石上の小庵岩窟にむすびかけたり。妙禅師の死関・法雲法師の石室を見るがごとし。

  啄木鳥も庵はやぶらず夏木立

と、とりあへぬ一句を柱に残し侍りし。(松尾芭蕉『奥の細道』より)

※上の写真の文学碑は、平成元年十月吉日に黒羽町(当時、現在は大田原市)が建立した。

  啄木鳥(きつつき)も庵(いほり)はやぶらず夏木立(なつこだち)

(夏木立の中に静かな庵が建っている。さすがの啄木鳥も、この静けさを破りたくないと考えてか、この庵だけはつつかないようだ)
















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