強き者には屈し、弱き者には横暴」な韓国の「反日」を整理する 
 <2> 「反日」の底流にある歪んだ韓流歴史観

1.歴史認識とは
 歴史認識とは、ある歴史観を持つものが、歴史上のある事象をその歴史観で理解・解釈することであるが、その際個人や国家スタンスとしての歴史観が不可欠である。従って、どのような歴史観を持って事象を見るかによって解釈は大きく異なり、これら歴史認識の相違は時には国家間、民族間の軋轢を生む。
 例えば北アメリカ史におけるクリストファー・コロンブスの「建国の父」としての評価はヨーロッパ系アメリカ人とアメリカ先住民とでは大きく異なる。また、豊臣秀吉は、日本では貧農から関白にまでなった立身出世の人として人気があるが、朝鮮では侵略を企てた悪人であるとされる。十字軍もヨーロッパでは英雄だが、イスラム世界では悪の集団とみなされることがある。
 いずれにしても、あらゆる場面で日本に歴史認識を迫る韓国や中国の要求に負けるようなことがあれば、日本人はその民族性を失い、やがて彼らの支配を受けることになるだろう。

2.韓流歴史観の実態・・・韓国「反日」の源流は「両班」(ヤンバン・官吏貴族)
(1)盗む側(王族・両班)と、盗まれる側(平民・奴隷)の朝鮮
 イギリスの旅行家・探検家のイザベラ・バードは、世界各地を旅して数多くの旅行記を残したが、1894年~1897年に4回朝鮮を訪れ、「朝鮮には二つの階級しか存在しない。盗む側(王族・両班)と、盗まれる側(平民・奴隷)だ」と旅行記に書いている。
 そこで、著者・久保有政氏の了解を得て『韓流歴史観を正す』から一部を引用する。


「朝鮮の民衆はつねに、飢餓と、疫病と、重い税金にあえぎ、極貧の中を細々と命をつないでいました。支配者層は支配者層で、その貧しい民衆から搾り取ることしか考えてない独善的な人々でした。彼ら王族と「両班」(ヤンバン・官吏貴族)は、労働を蔑視する人々で、みずからは決して労働をしませんでした。そして、人口のほとんどを占める一般民衆を、生かさず殺さずの状態におき、そこから搾取していました。」

(2)日本は朝鮮の奴隷制を廃止した
 再び、久保有政氏の『韓流歴史観を正す』から引用します。

日本が朝鮮を併合したとき、朝鮮の王族は尊重され、日本の皇族からの厚い待遇を受けました。これは、かつてのフランス革命のときにルイ16世がギロチンにかかったことや、ロシア革命の際に王室が滅ぼされたことと、きわめて対照的です。またイギリスがビルマを植民地としたとき、ビルマの王室は悲劇の運命を歩みました。しかし日本統治下の朝鮮王室は、存続しただけでなく、きわめて厚遇されていたのです。
 一方、日本は、朝鮮にそれまで存在していた奴隷制を断固、廃絶しました。朝鮮には、あのインドのカースト制にも匹敵するひどい階級差別が存在していたのです。これは日本の江戸時代の士農工商とも違い、東アジア社会ではほかに見られない最も頑強な階級差別でした。とくに最下級の奴婢は、売買される奴隷であり、財物とみなされ、家畜と同様の扱いを受けていました。主人が奴隷を殺しても、殺人罪にはなりませんでした。>奴隷は、朝鮮人口の約43%もいました>
 日本はその奴隷制度を廃止し、階級差別をなくし、そこに万民平等を敷いたのです。
 朝鮮の国土開発計画は、こうした元・奴隷を「労働者」として雇うことによって行なわれました。その際、日本は彼らに「日当」を支払いました。当たり前のことと思うかもしれませんが、かつての李朝朝鮮時代には奴隷に給料が支払われることはなかったのです。日当が支払われたことは、朝鮮半島の歴史始まって以来、破天荒のことでした。日本統治時代は彼らにとって、文字通り奴隷からの解放であったのです。日本の強権統治を批判する向きもありますが、このような未開社会を改革するには、強権統治以外にはなかったでしょう。
 李朝時代の朝鮮の階級別人口は、奴婢(奴隷)が約43%、良民(常民)が約50%、残りの約7%は「両班」(ヤンパン)と呼ばれる人々でした。良民は普通の人々、「両班」は特権階級の官吏、公務員です。日本はこうした階級制度の廃止を断行しました。
 階級制度の廃止で、奴婢と良民は喜びました。しかし両班にとっては、それは特権の喪失を意味しましたから、彼らは日本に対し恨みを持ち続けました。日本が大東亜戦争に負けて朝鮮半島から引き上げていったとき、朝鮮の指導者となったのは、この両班の流れをくんだ人々でした。彼らは、朝鮮の教育界を反日一色にしていきました。

(3)両班が反日運動の流れをつくった
 久保有政氏の『韓流歴史観を正す』から引用。
「日本に恨みを抱いたこの「両班」と呼ばれた人々について、もう少しみてみましょう。
 李朝時代の朝鮮に君臨した支配層は、王族とこの両班でした。一方、江戸時代まで日本を支配していたのは、武士たちです。支配層の考え方や思想は、国全体の国民性に深く影響します。
 日本の武士たちは、忠実、誠実、勤勉、正直、勇気、先取性、自主独立等を人間の徳と考える人々でした。また「滅私奉公」という言葉があるように、私利私欲は悪であり、公に奉仕することこそ人の道という考えを持っていました。
 一方、朝鮮の両班の人々は、労働を蔑視し、「箸と本以外に重いものを持たない」といわれるほどの
労働蔑視論者でした。彼らは、額に汗して労する農民たちをさげすみながら、その農民たちから搾取して自分たちの生活を支えていました。
 両班は、儒教の一つである朱子学を奉ずる人々でした。朱子学では、人間を「君子」と「小人」に分けます。小人とは一般の働く人々で、君子は、働かずに身を動かさないことが原則なのです。聖人君子は働いてはいけないとされ、彼らは極端に労働をさげすみました。
 スポーツも、彼らは忌み嫌いました。すなわち、本を読み、労働せずに暮らすのが彼らにとって正しい生き方なのです。怠惰と、異常に高い気位が彼らの特徴でした。その最高の美徳は、働かずに得る不労所得でした。両班の実態について、グレゴリー・ヘンダーソンは『朝鮮の政治社会』のなかで、「国家と民衆を食い物にして私腹を肥やすことしか考えていなかった」
と記しています。彼らは「公」に奉仕するのではなく、私利私欲に生きる人々だったのです。そして、国内では極度に頭を下げる事を嫌い、少しでもプライドが傷つけられるような事になれば、烈火のごとく怒りだす人々でした。
 しかしその一方、両班は、中国に対しては「事大主義」(じだいしゅぎ)を通しました。事大主義とは、大きな勢力に逆らわず、ペコペコして、追従して生きる態度をいいます。
 1000年にわたって中国の「属国」であった朝鮮では、宗主国・中国の意向にいつもペコペコして、年貢を納め、中国の要求には何でもお従いしますという態度がしみついていました。両班はその代表的な人々だったのです。
 中国に対するその卑屈な態度は、そのうっぷんを晴らすかたちで、国内では逆に、彼らの異常に高い気位となって現われていました。」

(4)強制連行、従軍慰安婦は本当か
<引用>
 近年、かつての日本軍による朝鮮人の「強制連行」が騒がれたことがあります。朝鮮人を無理矢理連れてきて、日本で働かせたというのです。これを言い出したのは、在日朝鮮人でした。しかし、事実は全く逆です。日本統治時代に、多くの朝鮮人が貧しい朝鮮を離れ、われ先にと、裕福で高い給料をもらえる日本に働きにやって来た、というのが事実です。
 彼らの流入は、日本の内地の失業者を増やしただけでなく、犯罪者となって悪事をする者も多くいました。それで政府は、これ以上朝鮮人が日本に流入しては困ると、制限をかけたほどです。
 強制連行どころか、阻止したいほど勝手に入ってきたのです。そして日本の敗戦後は、彼ら朝鮮人は、望むなら「タダで」朝鮮に帰ることもできました。費用は国が払ってくれたのです。しかし多くの朝鮮人が日本に残りました。そして戦後50年もたってから、在日朝鮮人は、自分たちは「強制連行」されて連れてこられた、と騒ぎ立てたのです。
 しかし、もし強制連行なら、なぜこの50年間、韓国から帰還要求がなかったのかの質問に、彼らは答えようとしません。また、もし強制連行ならなぜこの50年間、韓国に帰ろうとしなかったのか、の質問にも彼らは答えません。さらに、彼らは日本での劣悪な労働環境などを口にしますが、当時は日本人もみなそうだったのです。たとえ劣悪な労働環境であっても、朝鮮で働くよりは給料が高かったので、彼らは望んで日本に働きに来ていました。にもかかわらず、彼らは自分が被害者であると言いたがるのです。このような被害妄想は、日本人には到底理解できません。しかし、ここに両班以来の精神性が今も生きているのをみるのです。
 いわゆる「従軍慰安婦」にしてもそうです。韓国は1980年代以降、日本に対してしきりに「従軍慰安婦」問題を追求してきています。しかし、
韓国の歴史をひもといてみるならば、「慰安婦」というのはもともと韓国の文化であったことがわかります。
 朝鮮半島は昔から、アジア最大の「貢女」の産地とみなされていました。そこからいつも中国に対して、「慰安婦」が届けられていました。そうした「慰安婦」は、日本の吉原などの大衆文化とは違い、国家管理売春として行なわれていたのです。
 最近まで韓国は管理売春国家として有名でした。「妓生」などは今でも存在します。韓国では昔から「慰安婦」の輸出や売却、韓国人経営の「慰安所」の輸出などがなされてきたのです。
 韓国人は、かつて日本が多くの朝鮮女性を「従軍慰安婦」として強制連行したと非難しますが、そもそもその事実を示す客観的証拠など存在していません。また、たとえあったとしても、日本を非難するよりもまず、自国がなしてきた数多くの慰安婦の歴史を反省するほうが先決でしょう。
 台湾の歴史家・黄文雄氏は、
韓国人の欠点として、「悪いことを反省するのではなく、他人のせいにする」ことをあげています。残念ながら、ここにも両班以来の精神性が残っているのです

これでいいのか日本?                      2013.7.12 編集者:石戸) 
 
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